1953年から1966年にかけて、オランダ人考古学者M.J.ヴァーマセレンとC.C.ヴァン・エッセンによって調査が行われました。この発見は全く偶然のものでした。
よくあることですが、ミトレオは既存の個人宅の中に設けられており、その家は教会の北側部分とその周囲の中庭を下に広がっています。東側には庭を囲む四方回廊があり、この家は紀元1世紀末に建てられ、2世紀を通じて幾度か変改が施されました。
この空間は、入口の左右に対称的に配置された二つのニッチと、やや傾斜した二つの壇上によって特徴づけられています。これらの壇上は長い壁に接しており、中央の通路を区切り、奥の壁に接した大きな礼拝用ニッチへ向かいます。入口脇の二つのニッチには、もともとカウテスとカウトパテスという二人のダドロフォロイ(杖を持つ使者)の像が置かれていました。
大きなニッチの中央には、マントをなびかせたミトラ像が犬と雄牛と共に配置されており、現在は一部の破片が残るだけです。
二つの長い側壁は壇の上部に、それぞれ異なる建築段階に応じて紀元200年頃と220年頃に描かれたフレスコ画の連作で飾られています。そこには聖なる行列、ミュスタエの七つのイニシエーションの段階、そして神聖な饗宴が描写されています。右の壁の最初の部分には赤いチュニックを着た一連の人物が描かれており、スオヴェタウリリア(豚、羊、雄牛の生贄の儀式)を行う準備をしています。各人物の上には、ミトラ教の賛歌に由来するイニシエーション段階を表す書かれた碑文があり、非常に珍しい証拠となっています。
対する長い左の壁の表現は、行列を続けており、碑文でイニシエーションの段階と名前が示されるライオネスの行列が描かれています。これは洞窟の近くで終わり、内部の祭壇のそばには、赤いパリウムとフリギア帽をかぶり乾杯する姿のミトラと、光輪を持つ太陽神が地球儀を側に抱えています。二神の隣には小さな従者がいます。この場面は神々が永遠の盟約を誓い合う宴の様子を表しています。

